『自分の機嫌は自分でとる』と『ご機嫌で楽しそうな人になる』について考えた




最近Twitterで「自分の機嫌は自分でとる」といった話題を散見します。

hikimello (@pori313)さんがされていたこのツイートに私も反応しました。

自分で自分の機嫌をとる必要がある

息子がだんだん言葉を喋るようになってきた途端、自分のなかでイライラの種類が変わってきました。

可愛い息子に注意するとき、私はわざと意地悪な態度や物言いをするようになってしまいました。

そんな時に『いま、息子に甘えている』ということを認識します。

子供は親の完全な庇護下にあり、子供だけの力では逃げ出すことができません。

友達にそんな言い方をしたら距離を置かれるでしょうが、子供はそうではありません。

息子が赤ん坊の頃は、よっぽど精神的に追い込まれた状況ではない限り、イライラの感情は息子本人ではなく自分の置かれている状況やその状況に加担している配偶者や社会に向かっていました。

それなのに会話が成り立つようになってきた途端、急に対等な人間のように感じられてしまうようになったのでしょうか。

叱るときに「自分の機嫌の悪さをぶつける」というアクションを度々起こすようになってしまいました。

自分に頼って生きて行くしかない立場の子供に対して、その立場を利用しながら子供に甘えている、すごく卑怯な自分に自己嫌悪してしまいます。

他人に「私の機嫌をなんとかして!」と甘えない

なるべくなら、そうしたくない。

そのために必要なのが『自分で自分の機嫌をとること』です。

私の場合は台所で隠れてオヤツを食べたり、お昼寝の隙に家事ではなく好きな映画を見たり、ワンオペ時は子供の相手をしながら好きな音楽を流して熱唱しながら遊んだりします。

そうやって自分で自分の機嫌をとることで、家庭内の圧倒的弱者である子供に感情をぶつけるという態度を抑えることが少しはできるようになりつつあります。

この『自分で自分の機嫌をとる』という話は、様々なブームを作り出している漫画家の瀧波ユカリさんも話題にしていましたね。

これより少し前にふと瀧波ユカリさんについて考えていて、私はこんなことを思っていたのでした。

この、”ある時”というのが『自分の機嫌は自分で直すんだよ。』ということに気づいたときだったのでしょうか。

今の瀧波さんは自分が面白いと思ったものについて発信して、結果的に大きなブームを作り出していてとても楽しそうに見えます。

私が自分に掲げたい『ご機嫌で楽しそうな人になる』とは

『自分で自分の機嫌をとる』というのは感情をコントロールして周りを不機嫌に巻き込まないようにすることです。

それはもう最低限、大人として気をつけていきたいです。

しかし、不機嫌に巻き込もうとしてくる人というのがいるんですよね。

そういったはた迷惑な存在に対処するためにはまた別の策が必要になるように思います。

うちの愛するオットは自分の不機嫌で周りをコントロールしようとすることが度々ありました。

それこそ「自分の機嫌は自分でとれよ!てめえ大人だろ!」という話なのですが、自分で気づいて初めて取り組もうと思える感覚でもあるので、無理強いはできません。

自分で自分の機嫌をとる、とは少し違う

そこで飛び出す『ご機嫌で楽しそうな人になる』です。

もう自分で自分のことを意識して無理矢理『ご機嫌で楽しそうな私!』と決めてしまいます。

オットが不機嫌ぶちかましてきても、「何に怒ってるの…?」と不安になって気を使って行動しません。

「はぁ〜?なんじゃその態度…!こっちまで気分悪いわ!」と一緒になって不機嫌を増幅させることなく、私だけは勝手にご機嫌になるのです。

オットの機嫌は一切忖度しません。

私だけが私と子供のために機嫌よく過ごすので、「今は機嫌悪いみたいだから、喧嘩も面倒だしもう私がやっちゃおう(モヤモヤが溜まる〜!)」とか考えず、能天気にニコニコと「ねー私今からご飯作るから洗濯物干しといてー☆」とか要求します。

私は勝手に1人ご機嫌なので「ありがとー☆」と嫌みや含みもなくニコニコ対応します。

ご機嫌で楽しい私!

やってみたら気を使わないのですごく楽でした。

考えてみれば、不機嫌な態度を出してくる人に同調して一緒に不機嫌になってあげる必要なんてないんですよね。

しかしなかなか切り替えるのに精神力を使うため、何か自分の中での切替えのキーワードやイメージなどが必要になるなという感じです。鍛錬が必要ですね。

(「俺の不機嫌を察して気を遣え」という態度に引っ張られそうになった瞬間にCMソングを歌うのも効果的でした。)

誰もが「自分で自分の機嫌をとる必要性」に気づくのがいいなと思いますが、そうではない人は残念ながら少なくないものです。

ある意味暴力的にご機嫌をぶつけて相殺、せめて自分のご機嫌を守るために『ご機嫌で楽しそうな人になる』を実践していってみようと思います。

できれば本当に常に『ご機嫌で楽しそうな人』に到達したいと思います。