怒らない子育てって? アドラー育児の超ざっくり解釈

こんにちはかざりです。

子育ての本で怒らない子育てとかアドラーって聞いたことがある方は少なくないんじゃないでしょうか。

私にはアドラーの考えがしっくりきたので、子供と接するときのヒントにさせてもらってます。

「怒らない子育てって、つまりどうすりゃいいのよ」ってことを私の解釈でざっくり話してみたいと思います。

かざり
あくまで私の抽出した解釈の一部です!

アドラー心理学って?

私がアドラー心理学を知ったのは、子供を産んでから育児書を色々と読み漁っていたときです。

その頃「怒らない子育て」という言葉を耳にすることが多かったので自然と手にとることになりました。

育児本という形でアドラーに触れるのとほぼ同時期にかの有名な嫌われる勇気も読み始めました。

かざり的超ざっくりアドラー解釈
  • 過去のことは気にしないで「これから」を考える
  • 「これから」は行動で変えられる
  • 行動は自分で選べる(人のことは気にしない)

↑あくまで私の認識なので、専門家からしたら違うかも?

読み進むにつれて「やっぱり!こうでいいんだよね!!」と、私が自分の対人関係に感じてたモヤモヤがかなりすっきりしたのを覚えています。

腑に落ちることが多かったのもあって、私が生きる上でアドラーの考えは軸のひとつになっています。

かざり
私は人に対して「私は私、あなたはあなた」っていう切り分けがあります。

『私とあなたは別だから好きにやって』なんて、冷たい人間なのかなとか思ったりしてたんですが、「これでええんや!」と迷いがなくなりました。

「怒らない子育て」ってどういうこと?

アドラー心理学に基づいた育児の本のキャッチコピーとして「怒らない子育て」「しない子育て」という言葉が聞かれます。

キャッチコピーだけ見て「子供のやることを全部許して甘やかすってこと?」とか「ちゃんと怒らないと躾にならないでしょ!」とか思っていましたがそういうことではありませんでした。

アドラーの育児本を数冊読んでなんとなく掴めた感じのことをまとめてみます。

かざり
子供と言っても多様なので、今回は定型発達の3歳〜の子供を想定してお話します。

子供に対して「怒り」以外で伝える

怒らない子育て、というのは「子供のやることをあるがままに受け入れる」「全部褒めて甘やかす」とは大きく違うようです。

子供がいけないことをしているのに気づいたときに「コラ!なにしてんの!」と声を荒げるんじゃなくて「それはいけないことだからやめましょう」と普通に『伝える』ということ。

もらったプリントを破ってたら「コラー破っちゃだめでしょ!」と怒るんじゃなくて「プリントは大事だから破らないでね」と伝えるだけです。

何かをやってほしいときは「〇〇しなさい!」と怒るのではなく「〇〇してくれる?」「〇〇してくれたら嬉しいな」と大人同士と同じようにお願いするって感じです。

怒りという道具を使って威圧せずに伝えましょうってことですね。

かざり
私の場合、自分がそうされてきた『しつけ=怒る』ってイメージからの脱却が必要でした。
コラム:子供を宇宙人だと思う
子供は宇宙人なので、この地球の、日本の、大人からした世界でのいいこと悪いことをまだよく知らないのです。

自分がやっていることを「いい/悪い」か判断できるほどよくわかっていないのです。

例えば自分が異星に行って食事の際に手を合わせて「いただきます」と言ったとします。

そこで同席した異星人に「お前なにしてくれとんねん!!」と突然怒鳴られたら驚くし怖いし混乱しませんか。

しかし実は『手を合わせて「いただきます」』が、その星ではひどい侮辱の表現だったとしたら?

「知らんかってんから許してや。つーか普通に注意してくれや。」って感じだなと思います。

そんな感じで、子供が間違っている行動をしていたら怒るのではなく、「それはいけないことだ」と教えるだけってことですね。

まぁ教えられてすぐ理解して行動を改められる子供なんてほぼいませんけどね!笑

とはいえ怒ってしまうときはある

アドラー的には、怒るというのはコミュニケーションの方法のひとつであって自分で『怒る』という手段を選んでいるという考えがあります。

しかし、私もまだまだ未熟な人間です。

気持ちに余裕がない状況では怒って伝える必要はないとわかっていても子供に当たってしまうときがあります。

幼児は親に頼らずには生きられません。

怒って威圧しているときは「この子は私から離れることができない」という関係を利用して子供に甘えているんだな、と思います。

そうやって一方的に感情をぶつけてしまったときは後から謝るようにしています。

疲れを口実にして自分の正しさや親の権力を幼い子供に押し付けるなんて情けない…。

でも親といえどまだ未熟なんで!そういうときがあるのはもうしょうがないですわ!

やってしまったときは「あなたのためを思って怒った」などの言い訳は一切せず、「怖い言い方をしてごめん」と正直に謝って、大好きだよと伝えるようにしています。

1ヶ月間、毎日息子に「大好き」と言ってハグしてみた。

2018.03.16
かざり
寝る間際までイライラしてようが、口だけ言葉だけでも「ごめんね、大好きだよ」って言っちゃってます。

怒らせることで親に見てもらえる

子供は「見て!」と言って親からの注目を集めようとしますね。

育児をしていて私が避けたいのは注目してもらうためにわざといけないことをする、という状態です。

アドラー心理学では、非行などは親の気を引くために行っているという考えがあります。

1人で大人しく遊んでくれていたら、親は子供に注目しません。

壊したり暴れたりすれば「やめなさい!物を大切にしなさい!」と注目してもらえます。

そうやっていけないことをしたときに、大きな反応をしていると、「悪いことをしたら注目してもらえる」と悪さばかりするようになってくるそうです。

恐ろしいですね…。

なので、怒る以外でたくさん注目して満たしてあげたいなと考えています。

かざり
子供たちが仲良く遊んでいるときにはこれ幸いと放っておかずに、マメに「仲良く遊んでるの見てたら嬉しくなるわ〜」などと声かけをするようにしています。

赤ちゃん返りはどうだった?2人育児スタート現場で母親の私が気をつけていたこと

2018.05.15
コラム:それ、わざと?

子供がやったことに突然遭遇したとき、咄嗟に反応をしてしまうことは止められないので、私はそこで「コラ!」と怒るのではなく、「おお!?」と驚くという反応を選ぶようにしています。

(咄嗟の言葉を「もー!」「何してんの!」「コラ!」じゃなくて意識して「おお!?」「どうしたの?」にしてるだけですね。)

一旦驚いてから「わざとか」「偶然か」を判断するため状況を見つつ子供に確認します。

例えば子供がお茶の入ったコップをテーブルから落とした場合には、

『つい手が滑ってコップを落としてしまった』のであれば「びっくりしたね、気をつけようね」。

『わざとこぼした』のであれば、その理由を「どうなるか知りたかった」か「注目してほしかった」かを子供に確認しつつ判断します。

どうなるか知りたかったのであれば、好奇心は認めつつやめてくれるように伝えます。

注目してほしかったのであれば、スマホやテレビや下の子に意識がいっていたことを謝って、「コップを落とすんじゃなくて、『お母さん、見て』って口で言って」と伝えます。

その上で、できれば一緒に片付けをします。

(片付けを嫌がったら「嫌かー」と気持ちは受け入れてどうにかします。)

あくまで私の行動判断ですが、こんな感じで対応しています。

私は子供に確認せず「何してんの!もーほんとやめて」と言いながら拭く、というような反応は基本的にしないようにしていす。

疲れてストレスが溜まってイライラしているタイミングだと「いい加減にして!」という何も尋ねない何も伝えていないスッキリもしない対応になってしまうことがあり、その場合は後からめちゃくちゃ謝ります。

謝ればいいってものでもないでしょうけどね…。

「褒めない」ってどういうこと?

アドラー系の育児本で『怒らない子育て』の次に聞くのは『褒めない子育て』かなと思います。

理解するまでは「褒めてもらえないと子供がかわいそう!」とか「褒めてあげたら喜ぶし、褒めないなんて無理!」と思っていました。

でも、『褒めない子育て』っていうのもまぁキャッチコピーですよね。

どういうことか、私の認識でお伝えします。

褒める代わりに認めて感謝する

アドラー的には『褒める』というのは「自分より劣る人間を操作する」というのと同じだということです。

「この子にできるわけがない」と思っていたことが「意外にもできた」ことに驚きます。

そして、今後もそうして欲しいという下心を持って「すごい!えらい!」と言うのが『褒める』ということだ、という解釈です。

つまり、褒める=子供が自分より劣っているから思い通りにしようとしてる、というわけです。

なので『褒めない(子供をバカにしてうまく扱おうとしない)』ということを推奨しているわけです。

それにプラスして、アドラー的には『褒める』ことで子供の行動の目的が『親に褒められること』になるという懸念があります。

褒められて育った子供は、自分の行動を自分の意思ではなく人から良く思われるか否かを基準に行動するようになってしまうという考えです。

じゃあなんて言えばええんや

もうこれ、言葉選びの問題だなーと思いました。

「えらい」を「ありがとう」「助かる」に言い換えるんです。

「お手伝いできたの、えらーい!」ではなく「お手伝いしてくれてありがとう、助かったよ」と言うんです。

電車で静かにしているときは「いい子だね」ではなく「静かにしてくれてありがとう」と声かけをします。

そうすることで、『褒めてもらうためにがんばる』のではなく、褒められなくても適切な行動ができるようになってくるという考えです。

(アドラー心理学では、他者に打ち勝つことよりも人に貢献する生き方を推奨しています。)

しかし、子供が頑張って何かを達成したときには「すごい!」という言葉が素直に出て来ますよね。

私は、「すごい!」の後に「がんばったね」「よく考えたね」などをつければOKという認識でいます。

そうすることで『成果』ではなく『過程を認めた』というメッセージになると思っています。

失敗しそうなことには挑戦せず逃げるようになってしまうのは避けたいです。

結果や成果だけに「すごい」と反応してしまうのでなく、失敗しても挑戦したこと自体を「がんばった!」と認めてあげたいですね。

かざり
生きる上で「失敗をした経験」は非常に重要だという内容はアドラーでなく別の経済学の本で読みました。

結局、どうしたらいいって?

アドラー心理学ではたくさんの教えがあります。

そんななかでアドラーの怒らない子育て、褒めない子育てのざっくりとわかりやすい対処方法だけを解説してみました。

まとめると

怒らない子育てとは
  • 怒るのではなく、普通のテンションで良し悪しを教える
  • 行動を促すときは「しなさい」と命令せずに「してくれる?」とお願いする
褒めない子育てとは
  • 「えらい」→「ありがとう」「助かる」に言い換える
  • 「すごい」→「がんばったね」などを付け足す

という感じです。

細かく言えば、共同体感覚だ〜勇気付けだ〜子供を尊敬するんじゃ〜…などその理論の説明もあるんですが、「で、どうすりゃいいの?」部分だけを超ざっくり抽出するとこんな感じなんじゃないかなと思っています。

アドラーの育児で参考になる考えはたくさんあって、小学生くらいになれば子供と自分の課題を切り分ける、などの考えを生かす場面が出てくるかと思います。

アドラーの考えは育児意外にもとても参考になるので、また色々と読んでみたいと思います。

かざり
以上、すぐ試せるくらいにざっくりした解釈で説明してみました!

ゆうて思い通りにならないのが育児ですよね〜色々取り入れつつ模索していこうと思います!

おまけ:おすすめアドラー本

ざっくり読みたい人向け

アドラー式「しない」子育て

状況とそれに対する対処が対話形式で書かれてます。

図や字も大きいのでさくっと読み終われます。

子どもをのばすアドラーの言葉

状況と、それに対する捉え方と対処とまとめの一言が効きます。

小学生〜高校生くらいになったら活かせそうな内容。

ちょっとしっかり読みたい人向け

子育てのためのアドラー心理学入門

私はこの本から育児に対するアドラーの考えに入りました。

面白いですよ!

アドラー心理学入門

著者の経験談と共にアドラーについて語ってくれます。

アドラーを「勉強したい」と思った人におすすめ。

鉄板!人生観が変わるかも?

嫌われる勇気

アドラー心理学が有名になったきっかけの本ですね。

ひとりよがり系若者と仙人のような賢者が対話するかたちなので読みやすいです。

響いたところに付箋貼りながらざっと読んで付箋部分をじっくり読み返しました。

幸せになる勇気

嫌われる勇気の続編です。

人のこと妬んだり現状がとにかく辛い人はこっちおすすめかも。

自分の幸せに向かってハンドル切る方法が書いてあります。

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